トラ吉スタッフさんに何度も同じことを言って、それでも繰り返されたら、経営者でも嫌になりませんか?
ずっと冷静でいられるものなのでしょうか?



私は無理でした。
8月28は朝からかなり精神的に削られて、「もう期待しない方が楽なのかな」とまで思いました。
表面では普通に仕事をしていても、中ではかなりイラッとしていました。



その日の夜には、5年前に出禁になったことがあるバーへ行ったんですよね。
仕事の話だけでは終わらない、かなり濃い一日だったんですね。
2026年8月28日は、朝からスタッフさんとのことで、かなり精神的に削られた一日でした。以前にも伝えていることが、また繰り返されていて、正直イラッとしました。
怒鳴ったり、その場で強い感情をぶつけたりはしていません。ただ、内側では「何度言えば分かるんだろう」と、静かに気持ちを持っていかれていました。
同じ日には、別のお客様に対して不快な思いをさせてしまう場面もあり、私からお客様へ謝罪をする出来事もありました。そして、仕事を終えた夜、私は5年前に出禁になったことがあるバーへ足を運んでいました。
今回はこの一日を、綺麗な経営ノウハウには変換せず、そのままの温度で残しておきたいと思っています。
経営者になってスタッフさんへ改善を求める立場になっても、自分自身が立派な人間になったわけではありません。この日は朝から人に腹を立て、その日の夜には5年前に出禁になったバーへ行きました。そんな格好の悪い日も含めて、今の自分を経営ログに残しておこうと思います。
朝からスタッフさんとのことで、かなり精神的に削られた
「また同じことか」と感じた
朝、スタッフさんとのやり取りの中で、以前にも伝えていたことが、また同じように繰り返されていることに気がつきました。具体的な内容は書きませんが、細かい行き違いというレベルではなく、「以前も同じことを話したはずだけれど」という種類のものです。
その瞬間に頭の中で出てきたのは、「何度言えば分かるんだろう」「考え方が甘いのではないか」という、正直あまり綺麗ではない気持ちでした。
ここは、スタッフさん本人を「甘い人」と決めつけたい話ではありません。その日の私自身が、そう感じるくらい消耗していた、という事実として残しておきます。
怒らなかった。でも腹は立っていた
私はその場で、怒鳴ったり、強い感情をそのまま相手へぶつけたりはしていません。表面上は、普通に仕事を進めていたと思います。
ただし、「怒らなかったから平気だった」わけではまったくありません。頭の中では、また同じことか、どう伝えればいいんだろう、どこまで自分が面倒を見るべきなのか、ということをぐるぐる考えていました。
感情をぶつけなかったことと、感情がなかったことは別です。この日は朝から、かなり気持ちを持っていかれていました。
「もう期待しない方が楽かもしれない」と思った
同じことが何度も続くと、「次こそ分かってくれるはず」と期待すること自体が、こちらのストレスになっていきます。8月28は正直、「もう期待しないことにしよう」という気持ちが浮かびました。
これはスタッフさんを見捨てるとか、教えるのをやめる、という意味ではありません。「毎回こちらが期待して、また同じことが起きて、そのたびに自分が消耗するのはしんどい」という、その日の本音でした。
経営者は、感情を相手へぶつけないようにしていても、その感情自体が消えるわけではありません。この日はそれを、いつもよりはっきり感じた朝でした。
それでも、問題とその人全部を同じにはしたくない
同じ日、お客様への謝罪もあった
同じ日には、スタッフBさんの施術中の行動について、お客様の目に入ってしまう出来事がありました。具体的な行動内容までは書きませんが、私はそのお客様へ、ご来店のお礼と一緒に、不快な思いをさせてしまったことを謝罪しました。
お客様は、ありがたいことに、次回もスタッフBさんで予約をしてくださいました。これを「許してもらった」「問題は解決した」と書くつもりはありません。あくまで、問題があったにもかかわらず、次回もスタッフBさんへ担当を任せていただけたことがありがたかった、という事実と感情だけを残しておきます。
スタッフBさんへ改めて伝えた
お客様への謝罪とは別に、スタッフBさんにも、私から改めて気をつけるように伝えました。伝え方の細かい部分までは書きませんが、感情を強くぶつける形ではなく、事実として何が問題だったのかを話しました。
朝のスタッフさんの件と、この件は、同じ「スタッフさんとのこと」ですが、内容も相手も違います。ただ、私の中では、この二つが重なるように、その日の気持ちを削っていきました。
改善している部分もあるという事実
スタッフBさんについては、最近、以前より良くなっていると感じる部分もあります。日報のミスが減っている、レジ締めを丁寧に確認している、閉店対応を任せられるようになっている、といったことです。
だから今回、問題になった行動と、そのスタッフさん自身の全部を、同じにしたくはありませんでした。問題は問題として伝える。改善している部分は改善として見る。この姿勢だけは崩したくないと思っています。



問題があったスタッフさんに、次回もお客様の担当を任せていいのでしょうか?
不安ではないですか?



不安がゼロだとは言いません。
ただ、一つの出来事だけでその人全部を否定してしまうと、これまで積み上げてきた改善までなかったことになります。
「問題を伝える」ことと「その人を諦める」ことは、私の中では別のものにしておきたいと思っています。
何度も同じことが起きるなら、仕組みも少し変える
人が変わることだけを待たない
ここで、少しだけ仕組みの話も残しておきます。何度注意しても同じことが繰り返されるなら、本人が変わることだけに期待し続けるのは、こちらも消耗します。
「次はちゃんとやってくれるはず」と期待するだけでは、私自身も店も安定しません。本人へ伝えることは続けながら、同じことが起きても困らない仕組みも作らなければいけないと思いました。
口頭だけではなく基準を残す
具体的には、口頭だけで伝えて終わりにしない、判断基準を文章として残す、お客様や店全体に影響する部分は誰が担当しても同じ動きになるようにする、といった部分から始めるイメージです。
ただ、この話を今日の記事で長く広げるつもりはありません。8月28は仕組みが完成した日ではなく、「仕組みも必要だな」と改めて感じただけの日です。もっと大きなテーマが、この日の夜には残っていました。
その日の夜、5年前に出禁になったバーへ行った
5年前に出禁になったことがある場所
ここから少し空気を変えます。仕事を終えた8月28の夜、私は、約5年前に出禁になったことがあるバーへ足を運んでいました。
なぜ5年前に出禁になったのか、そのとき何があったのか、どこまで店側と話したのか、といった細かい事情は、ここには書きません。記事のために面白いエピソードとして加工したくないからです。
ただ、その日にたしかにあった事実として、「約5年前に出禁になったことがある店へ、8月28の夜の自分がもう一度行った」ということだけを残しておきます。
8月28の夜、再びそこへ足を運んだ
今回、なぜそのお店へ行こうと思ったのか、誰と行ったのか、店員さんとどんな会話をしたのか、店側が自分を覚えていたのかどうか。ここについても、確認できていないことは書きません。
「出禁が正式に解除された」とも、「和解した」とも書きません。私が確認して残しておけるのは、朝からスタッフさんのことで気持ちを削られた一日の夜、その場所へもう一度足を運んだ自分がいた、ということだけです。
細かい事情を書かないと物足りない、と思うくらい説明したくなる出来事です。それでも、その事実だけを静かに残しておく方が、今の私には合っている気がしました。
5年前の自分と、スタッフさんに腹を立てている今の自分
経営者になっても感情はある
この5年の間に、美容室経営を続けて、スタッフさんを雇うようになり、家族との時間があり、お金で失敗もして、人との関わり方で悩みながら、経営について毎日のように考えてきました。
それでもこの日、朝から人に腹を立て、夜には5年前に出禁になった場所へ行っています。経営者になったからといって、人間として急に完成したわけではないと、この一日を振り返ると素直に思います。
人へ改善を求める立場になった
今の私は、スタッフさんへ改善を求めたり、お客様に対して責任を持ったり、会社を守ったりする立場にいます。ここは、5年前の自分とは違う部分だと思います。
ただ、その立場になった今の自分も、まったくブレない冷静な人間になったわけではありません。むしろ、責任のぶんだけ、感情も動きやすくなっているようにも感じます。
今の自分もそんなに完成していない
だからこそ今回、5年前に出禁になった場所へ行った夜、「昔の自分は未熟で、今の自分は成長した」という単純な話にはしたくありませんでした。
経営者だからといって、いつも冷静で、正しくて、立派でいられるわけではありません。腹が立つ日もあれば、昔の失敗を思い出す場所へ行く夜もある。それでも店を続けていくのが、今の自分なのだと思います。
昔の自分を笑えるほど、今の自分が完成したわけでもありません。この日も朝から人に腹を立てていました。だからこそ、5年前の自分と今の自分を簡単に切り分けられない気がしました。



自分にも昔の失敗があるなら、スタッフさんにも強く言わない方がいいのでしょうか?



それは違うと思っています。
お客様やお店に影響することは、オーナーとして伝える必要があります。
ただ、自分も失敗する人間だということを忘れたまま、相手だけを評価する人にはなりたくないと思いました。
人へ厳しくすることと、自分の失敗を忘れないこと
注意しないという意味ではない
ここは誤解のないように書いておきたいところです。「自分にも過去の失敗があるから、スタッフさんに厳しいことを言うべきではない」という結論にはしません。
お客様やお店に影響することは、経営者として伝えなければなりません。ルールとして決める部分もあります。ここを甘くしてしまうと、結局はお客様やスタッフさん全体に迷惑がかかります。
問題と人格を分ける
ただ、伝えるときに、「問題として起きたこと」と「その人全部」を同じにしないように気をつけたいです。今回のスタッフBさんも、改善している部分はあります。朝のスタッフさんも、この一件だけで人柄まで決めつけるべきではありません。
問題行動と人格を分けて扱うことは、頭では分かっていても、精神的に削られた日ほど難しくなります。だからこそ、こういう記録を残しておきたいのだと思います。
自分にも同じように目を向ける
そして、人へ改善を求めるのと同じ強さで、自分自身にも目を向けたいと思います。他人には厳しく、自分にはやさしくなっていないか。この問いは、経営者を続ける限り、たぶんずっと自分の中に置いておきたいものです。
スタッフさんへ改善を求めることと、自分自身にも失敗があることを忘れないこと。この二つは同時に持っていたいです。
【自店に置き換えて考える】
◆スタッフさんへ伝えるとき
・問題行動と、その人全部を同じにしていませんか?
・改善している部分もちゃんと見えていますか?
・「もう期待しない」と口に出しても、行動まで見捨てていませんか?
◆自分自身への目線
・他人には厳しく、自分には甘くなっていませんか?
・過去の失敗を忘れたまま、相手だけを評価していませんか?
・自分の感情の消耗にも、気がつけていますか?
未来の自分へ、こういう日も残しておく
8月28は、スタッフさんとの問題が解決した日ではありません。仕組みが完成した日でもありません。5年前に出禁になった場所へ行ったからといって、過去が精算されたわけでもありません。
それでも、こういう格好悪い日を、経営ログとして残しておきたいと思います。売上や採用の話だけを残していくと、あとで読み返したときに、「そのとき自分がどんな人間だったのか」がすっぽり抜けてしまう気がするからです。
【未来の自分への経営メモ】
・精神的に削られる日はある
・怒りを感じること自体まで否定しない
・ただし、その感情をそのまま人へぶつけない
・同じ問題が続くなら仕組みに変えられる部分を探す
・「もう期待しない」と感じる自分も認める
・期待だけで店を運営しない
・問題行動と本人全部を同じにしない
・お客様へ迷惑をかけた部分はきちんと謝る
・改善している部分も見る
・自分自身にも昔の失敗があることを忘れない
・自分が正しい側にいると思い込みすぎない
・人へ改善を求めることと、自分の未熟さを認めることは両立する
・昔の自分を美化しない
・今の自分も美化しない
・全部を綺麗な学びへ変えなくていい
・濃い一日を、そのまま残す
・未来の自分が読んで「あの日こんなこと考えていたな」と思えればいい
朝はスタッフさんに腹を立て、夜は5年前に出禁になったバーへ行きました。どちらも格好いい話ではありません。でも、経営者として人に何かを求める立場になった今だからこそ、自分にも失敗や感情があることを忘れたくありません。8月28は、そんな自分をそのまま残しておきたい一日でした。



こういう個人的な話まで、経営ログに残す必要がありますか?



私は残しておきたいです。
売上や採用や仕組みの話だけを残すと、あとで読んだときに「そのとき自分がどんな人間だったのか」が抜けてしまいます。
経営しているのも結局一人の人間なので、格好の悪い日も含めて記録しておきたいと思っています。



成功した日だけではなく、腹を立てたり昔のことを思い出したりした日も含めて経営ログなんですね。
未来の自分が読んだとき、数字以上に思い出せるものがありそうです。
